足立区公契約条例
１０年の運動と教訓
東京土建一般労働組合足立支部 書記長 中村 修一
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 はじめに
２０１３年９月２７日に足立区公契約条例が全会一致で可決成立した。全国で８番目ⅰとなる労働条項をもった条例制定となった。制定までには多くの時間と労力を費やしたが、その道のりは他の自治体にはない特徴があった。それは近藤弥生区長が、当初条例制定に対し強い関心を示していなかったことである。その区長が行政職員の熱意、議会側の理解と組合員の大衆的な運動によって、区内建設業者と技能労働者の原状を真正面から受けとめ、その打開に足を踏み出した。本稿ではこの１０年の取り組みの教訓と特徴についてのべるとともに、行政や議会等を動かす原動力について検証したい。
1 公契約条例を制定した先行自治体に学ぶ
足立区における公契約運動は、２００３年４月に区議会議員選挙立候補者に対する公契約条例制定を求める要望書を提出したことがはじまりである。その年７月には「公契約条例の制定をめざすシンポジウム（１０１人）」を行なったが、２００５年４月実施の元請企業に対する契約課の指導文書策定ⅱ及び２００５年６月１７日の建設労働者の労働環境整備を求める国に対する意見書採択ⅲによって第一幕を終えた。
その後２００９年６月の兵庫県尼崎市の条例案否決は、道のりのけわしさを浮き彫りにしたが、同年９月２９日に野田市公契約条例制定は大きな展望を与えた。「何をどのようにしたらいいかわからないが、頑張ればできるのではないか」これが足立の制定運動の第二幕のはじまりとなる。
さて、条例の先行自治体を検証するといくつかの特徴がある。一つは自治体首長の熱意に大きく左右されることである。そしてもう一つ明らかになったことは、政治主導（議会会派の組み合わせや議会先行）だけで条例が進むほど単純ではないことである。これは、公契約条例の検討を採択した自治体は都内で９自治体ⅳあるが、制定まで到達したのは国分寺市のみである現状が示している。
2 首長は事務管理の最高権限者、行政職員の理解が重要
区長とは、「新春旗開き」や住宅デー「募金」の寄付を通じて年に数回お会いする機会がある。その中で区長は「公契約以外の話なら聞きます」「今の契約制度で何か問題ありますか」「条例は国がすべき」と組合方針とは一定の距離感があった。しかし発言の中にあった「何か問題がありますか」の深層には、不都合があれば改善の余地はあると前向きにとらえた。ところで、首長は公選によって選出される政治家であり、行政事務の最高権限者である。しかし、首長の意欲だけでは条例制定はできない。条例を策定するまでには、議会審議だけではなく、庁内における議論、法務部との調整（総務省等との相談）、住民への告知（パブリックコメント）など繰り返しの討論と手続きに時間と労力を要する。首長の強いリーダーシップは必要だが、それを支える行政職員の理解と情熱抜きには進まない。野田市では、根本崇市長が雑誌のインタビューに答え、支援者である型枠大工の経営者から低単価のきびしい現状に、父親として息子に夢を持って経営を引き継がせることが叶わない嘆きを聞いたことを公契約条例推進のひとつとしてあげている。
また、相模原市では、「公契条例検討部会」の調査・研究を実施し、市の公共工事の落札状況等と条例の必要性についてまとめている。諭より証拠、現場の声が重要である。行政職員と地域建設業の問題意識を共有し、その解決の方向性を考えるには実態調査から始めなければならない。
 3 足立区の建設業の特徴について
足立区の人口は６８３，４２６人（２０１３年１月）で、建設業従事者は２万２，６８９人（２０１０年度国勢調査）である。地域内での東京土建組合員数８，３９７人（２０１３年２月）区内の建設業従事者に占める割合は約３７・０％である。
また、東京都が管理する公営住宅管理戸数は、人口千人あたり４８・４世帯で、２３区では一番多く、公営住宅に住む世帯数は３１，３１３世帯（足立区の総世帯数３０６，３６７世帯、１０・２％）となっている。公立中学校の就学援助受給率（４６・６％）は、全都一高く、生活保護人員（２５，５１７人、保護率３・７３％）は、２３区で２番目に多い。また、区内建設業事業所は３，０６２あるが、４人未満が５２・０％、９人未満まで含めると７８・８％を占める。そのため法人事業所に限っても売上規模ⅴは、１億円未満が全体の６０・２％であり零細事業所が集中している。
4 現場調査と研究を重ね建設業の社会性を広げる、大衆運動を展開し可視化をはかる
組合では、(1)現場調査(2)足立区行政資料室等を活用した資料収集(3)行政職員や議員への聞き取り(4)行政開示制度を利用した４つの調査活動を中心に取り組みを行なった。この結果は、写真やデータ等を多用し、条例の必要性と建設業の社会性を訴える「公契約条例学習パンフレット」、「群（班）会議資料」としてまとめ、運動を支える基礎資料とした。（パンフレットは、組合幹部及び議会並びに区職員３，０００人に配布）
また、シンポジウムを結節点とする運動展開を年間サイクルで進めた。運動の中心は組合員である。①事前の現場調査活動（支部役員）→②区議会全会派懇談（支部役員）→③シンポジウムのお誘い全区議訪問行動（分会役員）→④シンポジウム開催と報告集作成→⑤全区議への報告書の配布行動（分会役員）と一連の取り組みを定型化した。１回目は「公契約を考える足立のつどい」（２０１０年１１月∥２１２人）、２回目「防災と地域建設業の役割」（２０１２年１１月∥３３３人）、３回目「足立区公契約条例素案を学ぶ区民学習会」（２０１３年６月∥３９４人）。４回目となる２０１３年１１月には、公契約条例制定記念として映画『黒部の太陽』区民上映会（３７５人）を開催し、区民に建設業と技術労働者の力強さと公契約条例制定の意義を伝えた。また、月サイクルの取り組みとして、定例の会議をはじめ毎月１回区役所前での早朝宣伝を２００９年１２月以来４年に渡り実施し区職員等に公契約条例の必要性を伝えてきた。
このように足立支部は、シンポジウムと早朝宣伝を通じた「運動の展開」と「情報の集約と共有化」、そしてそれらを「可視化」して条例制定の機運を高めていった。
5 行政や事業者との協同をはかる
〈地震に関する地域危険度測定調査／東京都２０１３年９月〉 (1)行政職員との信頼を得る∥インフラ整備、地域防災、建設業の社会的な役割を発信
建設労働者ならではの社会性の発信は欠かすことはできない。建設業は歴史的にも構造的にも地域産業である。地震、風水害等の災害発生時には、建設業者の地理的、技術的な経験と情報の蓄積が住民の生命と財産を守ってきた。足立区は四方が川に囲まれ、千住は木造家屋が密集する地域。橋脚や避難所となる小中学校の老朽化実態、地域防災における建設業者と技能労働者の役割について情報発信をすすめた。２０１２年４月には足立支部委員長を先頭に、東日本大震災の被害を受けた岩手県宮古市を視察した。宮古市や宮古建設組合の調査で明らかになったことは、平時における建設業者と技能労働者の健全性を担保することが災害対策の根本であると…。さて、この経験はその後の行政職員や議員との懇談では大きな力となった。２０１３年３月には足立区と災害時協定を結ぶとともに、その実効性を確保するために２４の地域分会に分会レスキュー隊を発足させた。行政と連携を取りながら避難所となる学校での応急トイレ設置訓練などがすでに５回実施している。
(2)事業者の声を行政へ
事業者は、発注者の行政に対して入札等での不信感がある。しかし元来のお施主様は神様との考えから中々声をあげることはむずかしい。ある現場監督が「（足立区の工事）国が出している積算表にもとづいて、計算するが何度電卓をたたいても２０％オーバーしてしまう。これは計算間違いなのか、それとも予定価格が低いのか」と嘆きを聞いた。また、業者の幹部は「安全対策についても、行政はメートルで誘導員の配置数を積算するが、現実には脇道があれば、積算以上の誘導員を配置しなければならず、持ち出しとなっている」との不満を寄せる。公契約条例は、労働者と事業者とのパイ（利益）の奪い合いではない。健全な建設産業の育成と労働者の雇用・現場環境を行政、事業者、労働者が協力し合ってすすめる行動指針である。条例制定の障壁をなくすために、支部は、このような入札制度や安全対策上の課題等について区議会全会派との予算懇談や行政との折衝の中で繰り返し要望を伝えた。この声は入札制度の一部改善ⅵにつながった。
 6 「たたかって学ぶ」
…「やれば出来る」東京土建の運動に誇りと確信
東京土建綱領には、「建設労働者は長い間、劣悪な条件のもとで労働を強いられ、その社会的な役割にふさわしい処遇を得ることができなかった…、われわれは、賃金・労働条件の改善と建設労働者の権利確立のためにたたかう。」とある。「１０年前、分会長として区議にシンポジウムお誘いをしたが、その時は無理だろうと思った。しかし、組合ってすごい、１０年たってそれが本当に実現した…」と満面の笑みで語る仲間を見た。本部方針に団結し大衆的な運動を積み重ねればどんな困難があっても実現する。「たたかって学ぶ」、公契約条例制定運動は、組合の真価をかける取り組みである。
最後に
「公契約条例をさらに全国に…そして労働協約へ」
「この（公契約）運動に取りくむ直接の目的は、…公共工事で働く現場労働者の賃金・労働条件の最低基準を決定する機構をつくること…。仕組みができれば最低基準の設定について全建総連として発言権を確立することができ…、この最低基準は民間工事の賃金、労働条件にも重大な影響をおよぼすことになる…。（全建総連第２４回大会ⅶ）」一方で、こうものべている。「しかし、便利な制度をつくって、あとは法律まかせということではありません。それでは、“仏作って魂いれず”になってしまいます。…」条例制定は、我々建設労働者の最終ゴールではない。当面は現場実態調査などの組合運動と労働報酬審議会ⅷが両輪となって、この条例を守り発展させていかなければならない。
東日本大震災、福島原発廃炉作業、技能労働者不足、社会保険未加入問題、東京オリンピック開催など、建設産業を取り巻く環境は劇的な変化が起きている。東京土建足立支部は、建設産業の民主的な発展と全国の公契約運動推進に貢献するため、我々がつちかった経験を活かすべく新たな使命感を抱いて頑張る決意である。それは、先人たちの悲願である建設産業界との労働協約締結ⅸへの第三幕のスタートでもある。
ⅰ 全国で９自治体（２０１４年１月１日現在）、２００９年千葉県野田市、２０１０年神奈川県川崎市、２０１１年東京都多摩市、神奈川県相模原市、２０１２年東京都国分寺市、東京都渋谷区、神奈川県厚木市、２０１３年東京都足立区、福岡県直方市。
ⅱ 足立区契約課が元請業者に対して下請契約等について求めた文書。その中には、下請代金の見積りにあたっては、賃金やその他経費を適正に考慮すること。区は労務費の積算にあたっては公共工事設計労務単価を基準としていることを明記。
ⅲ 意見書では、技能労働者の確保と育成を求めるとともに公共工事における建設労働者が生活を出来る賃金、労働条件整備などを国に求めている。
ⅳ 公契約条例の検討を採択（趣旨を含む）した自治体（全建総連調べ）２００１年東大和市、武蔵村山市、２００２年西東京市、小金井市、武蔵野市、国分寺市、２００３年東久留米市、小平市、２００５年北区。
ⅴ 平成２３年１１月帝國データバンク調べ
ⅵ ２０１２年１月には、最低制限価格制度等を改正し低入札に歯止めをかけた。また２０１３年４月には地域経済の発展と区内事業者の活性化を図るために予定価格６０００万円以上の工事案件については原則区内本店事業者となった。
ⅶ 全建総連第２４回定期大会、愛媛県１９８３年１０月２６－２８日「公契約法の制定要求について」
ⅷ 足立区労働報酬審議会（２０１３年１１月２６日設置）／構成∥学識者２人、事業者２人、労働者２人（全建総連東京都連足立協議会、連合足立）
ⅸ 「労働協約」とは、賃金、労働時間などの労働条件や、団体交渉、組合活動などの労使関係のルールについて、労働組合法に則って労働組合と使用者が書面で取り交わした約束事。労働協約が締結されると、その有効期間中は一定の労働条件が保障されるので、労働者は安心して働くことができる。
（建設労働のひろば No.89 2014.1）
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