佐々木妙子さん
「青信号になったから渡ろう」と夫に声をかけ歩いていたとき、とっさに体重移動した瞬間、ボーンと乾いた爆発音に振り返ると夫が横断歩道に仰向けに倒れていた。脳挫傷、急性硬膜下血腫、頭蓋骨骨折、言語障害、植物人間、出血が酷く時間の問題ですとCTの画像を見ながら説明する執刀医の言葉は冬の空に凍てつきました。日付線は昨日から今日に変わり時間だけが流れた。
あれから9ヶ月、今日は敬老の日。病院食に赤飯が出る。車椅子の夫を散歩に連れ出し我が家の車の番号を読む夫。「お家へ帰ろうか」と言うとにっこり微笑む。こんな夫を病室に残し、家に帰るその寂しさと孤独。世界広しといえど余りにも小さな自分。私は現に異次元の世界に立ち、夫と二人三脚で生への最後の執念を燃やしている。
故郷とは、この世に生を受けゆったりとしたときの流れ、母の懐に抱かれた大自然の温もりである。夫の故郷は秋田県横手市です。
旅行中にご主人と
庄内平野のど真ん中周りは一面田んぼばかり、雄物川がとうとうと流れ鳥海山が一望のもとに見える。私が初めて夫の故郷を訪ねたのは桜の季節。あれから46年みちのくの小京都といわれる角館の武家屋敷に咲く満開のしだれ桜を、夫と供に眺めるのが唯一の私の望みである。