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大阪市住吉区 人情厚い大阪と変わらぬわが分会 鳥井 信利(皿沼分会)
自然派の幼少期から転勤ばかりの会社時代
自分は大阪市東住吉区というところで、9人兄弟の長男である父と、11人兄弟の長女である母との間に2人兄弟の弟として生まれました。 子どもの頃は田んぼをよく手伝わされた記憶があります。その頃は市内とは言え田畑があり、カエルを捕まえては皮を剥ぎ、カエルの足に糸をしばり、池に沈めてザリガニを取っていました。 昔は、春の田植えの手伝い、夏祭りには神輿をかつぎ、「だんじり」を引く。秋には稲を刈り、年末には餅をつくなど、1年中なにかしら行事をしていました。 中学の時、郊外に引越し、高校卒業後コンピュータの会社に就職後、研修のため東京と大阪を6か月ごとに、3〜4年行き来した後、やっと大阪に配属されました。しかし、それもつかの間、東京・大阪を3年ごとに転勤。
勤続35年で脱サラ 街は変われど南河内弁
第二の人生を探そうと思い、釣り仲間がクロス職人をしていたので、35年のサラリーマン生活から180度違う、職人になりました。 今年の5月、孫が誕生日にUSJに行きたいと言うので、家内(享年58歳)の母の墓参りも兼ねて行ってきました。 新大阪までは2番目の義姉と娘が迎えに来てくれました。 車での移動でしたが、久しぶりの大阪の風景は故郷ではないよう見えました。 しかし“南河内弁”丸出しの会話が自分の心をほっとさせてくれました。(やっぱり大阪はええな…)と思っていると、うちの孫が「標準語」で話すのを見て、義姉の娘が「小っちゃいのに標準語しゃべりはんねんな」 「かわいいなぁ。うまいことしゃべりはんねんな」やて。(当たり前や。この子は東京生まれの東京育ちやのに、しゃべるは当たり前や、と心の中で苦笑い) 「10月に祭りがあるから帰っておいでや」と皆に言われ、「帰ってきまっさ」と思わず大阪弁。家内が亡くなっても、変わらぬ人情厚い義姉でした。
第二のふるさと 仲間思いの皿沼分会
ふるさとと言えば、「心のふるさと」自分にはあります。 それは職人になってからお世話になっている東京土建皿沼分会です。何かにつけ、声をかけてくれ、人情の厚い仲間ばかりで、知り合えて本当に幸せです。 分会エリアから少し離れたところに住んでいたため、会合の度に車で役員さんが迎えに来てくれました。 「遠くの身内より近くの他人」とはよく言ったものです。 これからも全力で分会のために頑張っていこうと思います。
◇ ◇
最後に、たこ焼き器やお好み焼き鉄板は、本当に一家に1台ありまっせ。あと、だんじりは岸和田が有名ですが、大阪のあちこちでやってまっせ。
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